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簿記のルーツ

簿記のルーツ

簿記のベースであるところの取引の記帳という行為は紀元前のバビロニアやエジプトにおいて既にそのルーツが見られます。

ただその当時の記帳というのは素朴なもので、現在で言うところの簿記とは程遠いものでした。

現在の簿記のルーツは13世紀頃にイタリアの金貸し達が、自分の貸借関係を帳簿に記録する為に考え出した技術がその発祥だと言われています。

その名残が現在でも簿記では普通に使われている「借方」、「貸方」という用語です。

この様に最初はイタリアの金貸しの間で使われていた簿記はその後地中海貿易が盛んになるにつれてその取引を記録する技術として発展し、現在の複式簿記に近い形へと成熟して行きました。

その後18世紀から19世紀にかけて沸き起こった第一次、第二次の産業革命の結果、産業が発展し経済活動の中心が個人企業から株式会社に移って行くと、複式簿記も急速に近代化されてほぼ現在の簿記の原型が完成しました。

この様に近代簿記は元々ヨーロッパ発祥の経営管理技術のひとつとして主にヨーロッパで発展したのですが、その後新大陸のアメリカにも渡って更に発展しました。

では日本では当時どの様な状況だったのでしょうか?

日本でも徳川時代の大商人の間では独自の簿記が行われて行われていました。

ただそれは俗に言う「大福帳」形式の原始的な記帳方法で、現在見られる様な複式簿記とはかなり縁遠いものでした。

日本に初めてヨーロッパ発祥の複式簿記が入って来たのは、幕末になって徳川幕府が建設した製鉄所に経営顧問として雇われたフランス人によってもたらされたと言われています。

但し、日本において複式簿記が本格的に企業で用いられる様になったのは、明治6年に福沢諭吉がアメリカの簿記教科書を翻訳した「帳合之法」が出版されてからです。

この福沢諭吉が出版した「帳合之法」はその後の日本における簿記会計制度の基礎になったと言われています。

福沢諭吉は教育家、著述家、啓蒙思想家など様々な顔を持った明治時代の偉人の1人ですが、現在の複式簿記の基礎まで作ったという事はあまり知られていませんね。

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